リビングで飛び出した、想定外の将来像
その日、私たちはリビングに並んで座り、話し合いをしました。
時期は小学5年生の終わり。
もうすぐ6年生になります。
正直に言うと、
このままワンダの「やる気スイッチ」が入らなければ、
受験の失敗はかなり目に見えていました。
だから私は、
「どうして塾に行かなかったの?」
と、静かに聞きました。
ワンダは少し間を置いて、
ゆっくり、ゆっくり答えてくれました。
「日本の私立に行く自分が、どうしても想像できない」
「僕ね、
どうしても日本の私立中学に行く自分の姿が
イメージできないんだ」
その言葉を聞いて、
彼の言いたいことはすぐに伝わってきました。
ワンダの性格と、日本での生きづらさ。
それは親の私だけでなく、
小学生の本人自身も、
ちゃんと感じていたようです。
空気を読むこと、
足並みをそろえること。
それが当たり前の世界で、
彼はずっと少し息苦しかったのかもしれません。
「あなたは将来、どうなりたいの?」
私は、もう一つ聞いてみました。
「じゃあ、将来どうなりたいの?」
するとワンダは、
一瞬も迷わず、こう言いました。
「アメリカに行って、映画監督になりたい!」

……。
その瞬間、
喉の奥まで出かかった言葉があります。
「馬鹿言ってんじゃないわよ!!!」
あと少しで口から飛び出すところでした。
でも、ここでそれを言ってしまったら、
ワンダはもう二度と
本心を私に話してくれなくなる気がしました。

必死でこらえて、
口から出てきたのは――
「ほほ〜」
という、
自分でも驚くほど間の抜けた声だけでした。
母の脳内スーパーコンピューター、緊急稼働
その瞬間、
私の頭の中のスーパーコンピューターが
ものすごい勢いで回転し始めました。
・中学で映画監督一本は、いくらなんでも危険すぎる
・夢としては素敵だが、キャリアとしては博打
・とはいえ、ここで夢を全否定するのも違う

そして、ふと
あるアイディアが浮かびました。
「夢は追いつつ、逃げ道も作ろう」
「なるほど、なるほど。
それは素晴らしいアイディアだね!」
まずは全力で肯定。
「でもね、日本人の“ただの映画好き”が
戦えるほど、映画の世界は甘くないかもしれない」
そして現実。
「だけど、
エマ・ワトソンやナタリー・ポートマンみたいに
名門大学に行きながら
映画監督を目指したら、
ワンチャンあるかもよ?」
我ながら、
なかなかうまい落としどころだったと思います。
ワンダはこの案に、
素直に賛成してくれました。

親の本音は、実はここにある
正直に言うと、
私の中にはもう一つ本音がありました。
もし途中で映画監督を目指さなくなったとしても、
いい大学に行っていれば、
将来の選択肢は残せる。
夢を追うことと、
現実に備えること。
その両方を、
どうにか両立させたかったのです。
こうして、
ワンダの「映画監督になりたい」という一言から、
私たち親子の進路は
思ってもみなかった方向へ
少しずつ動き始めました。
――続きは、また次回。





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